困った行動の中に、育ちの芽がある

― 発達心理学と脳科学から見る乳幼児期の“困った” ―

「イヤイヤが激しくて…」
「すぐ泣いて困ります」
「落ち着きがなくて心配です」

乳児期・幼児期の相談で最も多いのが、
“困った行動”についてです。

けれど発達の視点から見ると、
それらは未熟さではなく、
脳と心が育っている証拠であることが少なくありません。

今日は少し専門的な視点から、
その理由を紐解いてみます。


イヤイヤ期は「自律性」の発達課題

発達心理学者エリクソンは、
幼児期の課題を「自律性 対 恥・疑惑」と示しました。

2歳前後の「イヤ!」は、
自分で決めたいという意思の芽生え。

これは前頭前野の発達と関連しています。

前頭前野は
自己コントロールや意思決定を司る脳の領域ですが、
この時期はまだ未熟です。

つまり、

✔ 自分の意思は強くなる
✔ でも調整する力は未熟

だから衝突が起きるのです。

イヤイヤが強いことは、
自我の輪郭がはっきりしてきた証拠とも言えます。


泣くことは「情動調整」のトレーニング

乳児期は、感情をつかさどる脳(情動系)が活発に働いています。
一方で、その感情を落ち着かせる役割をもつ前頭前野は、まだ発達の途中です。

そのため、不安や恐怖を感じると、扁桃体が反応し、泣くという形で外に表れます。
泣くことは、感情があふれたサインです。

ここで重要なのが「共調(co-regulation)」です。

養育者が抱きしめたり、声をかけたりすることで
子どもの神経系は落ち着きを取り戻します。

この「泣く → 安心する」という経験を繰り返す中で、

・感情を調整する神経回路
・ストレスに対応する力
・自分で気持ちを整える力

が、ゆっくりと育っていきます。

泣くことは未熟さではなく、
安心とともに神経回路を育てるプロセスなのです。


落ち着きのなさは「探索行動」

発達神経科学では、
乳児期から2歳ころまでは「感覚運動期」と呼ばれます(ピアジェ)。

脳は身体運動を通してネットワークを広げます。

触る
投げる
壊す
確かめる

これは衝動ではなく、
探索行動です。

ドーパミン系(報酬系)が活発に働き、
「知りたい」「やってみたい」という動機づけを生み出します。

この探索が十分に行われることで、

✔ 問題解決力
✔ 創造性
✔ 主体性

の基盤を作っていきます。


噛む・叩くは「言語化前の表現」

幼児期は、言葉をつかさどる脳(ブローカ野・ウェルニッケ野)や、

感情を調整する前頭前野の神経回路がまだ発達の途中にあります。

一方で、感情を素早く反応させる扁桃体などの情動系は早くから活発に働きます。

そのため、強い気持ちがわき上がったとき、言葉でうまく伝えることが難しく、

噛む・叩く・投げるといった身体的な行動として表れることがあります。

これは「わがまま」や「しつけ不足」というよりも、

発達段階に応じた表現の形と理解できます。

支援において大切なのは、行動そのものをすぐに抑えることではなく、

「この子は何を感じ、何を伝えようとしているのだろう」と

情動の背景に目を向けることです。

大人が子どもの気持ちを言葉にしてあげる関わりは、

感情と言葉を結びつける神経回路の統合を助けると考えられています。

感情をラベリングすることが情動の高まりを落ち着かせ、

思考や自己調整を担う前頭前野の働きを支える可能性があるという研究もあります。

つまり、子どもの身体的な表出は「困った行動」ではなく、言葉になる前のメッセージです。
大人がその橋渡しをすることが、やがて子ども自身の自己調整力へとつながっていきます。


愛着理論から見る“困った行動”

ボウルビィの愛着理論では、

安定した愛着関係は子どもにとって「安全基地」となります。

子どもは、安心できる養育者の存在を土台に探索行動を広げます。

そのため、安全な関係の中では、

感情が豊かに表出されることがあります。

強い自己主張や感情表出も、発達段階や気質の影響を受けながら、

安心感を背景に起こることがあります。

したがって、「困った行動」と見えるものも、

その場が子どもにとって安心できる関係であるともいえるのです。


脳の成熟はゆっくり進む

自己抑制を司る前頭前野の成熟は

20代前半頃まで続くとされ、
乳幼児期は情動系が優位な時期です。


発達とは、衝動を抑え込むことではなく、
神経回路が段階的に統合されていく過程です。

乳幼児期に
「ちゃんとしなさい」
「我慢しなさい」
を過度に求めることは、
発達段階と合わない場合があります。

未熟なのは異常ではなく、
成長の途中。

発達とは、
荒削りなエネルギーが
少しずつ統合されていくプロセスです。


困った行動は未来の力の芽

強い自己主張は、
やがて「自分の考えを持てる力」へと育っていきます。

よく泣くことは、
感情が豊かに動いている証でもあります。

落ち着きのなさは、
世界を知ろうとする探索のエネルギーかもしれません。

反抗する姿は、
自分を守ろうとする自立の芽であることもあります。

今はまだ整いきっていないだけ。
神経回路が発達し、感情と言葉、衝動と調整が少しずつ結びついていく途中なのです。


最後に

「困った行動」を
ただ“直す対象”として見ると、
大人も子どもも緊張してしまいます。

でも、
「脳や心が育っている途中」と捉えると、
まなざしは少しやわらぎます。

もちろん、危険な行動や他者を傷つける行為には
境界と支えが必要です。
けれどその奥には、まだ形になっていない力が眠っています。

“困った”の奥にある育ちを、
ほんの少し信じてみる。

その視点が、
子どもの未来の力を支える土台になります。

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