赤ちゃんに「触れる」ことには、どんな意味がある?―安心・発達・親子のつながりを科学から考える

先日、テレビ番組「ひるおび」で、触って楽しむおもちゃ「スクイーズ」が人気になっている理由が取り上げられていました。

ぷにぷに、もちもち。
押すとへこんで、またゆっくり戻ってくる。

そんな感触を「気持ちいい」「ずっと触っていたくなる」と感じる人が、子どもだけでなく大人にも増えているそうです。

番組に出演されていたのは、「タッチ学」の研究で知られる桜美林大学の山口創先生。

柔らかいものに触れることによって得られる安心感や、触覚に意識が向くことで、考え事や不安から少し離れて「今、この瞬間」に戻りやすくなることなどが紹介されていました。

この番組を見ながら、私はスクイーズそのものよりも、改めて考えていました。

人にとって「触れる」ということは、いったいどれほど大きな意味を持っているのだろう。

そして、それが生まれたばかりの赤ちゃんだったらどうでしょう。

言葉をまだ話せない赤ちゃんにとって、触覚は単なる五感の一つではありません。

抱かれること。
包まれること。
肌に触れられること。
床に身体を預けること。
自分の手で人や物に触れること。

赤ちゃんは、こうした身体の感覚を通して、自分自身と周りの世界、そして人との関係を少しずつ知っていきます。

今回は、近年の研究も交えながら「赤ちゃんに触れること」について考えてみたいと思います。

赤ちゃんは「触れられる世界」の中に生まれてくる

赤ちゃんは、お腹の中にいるときから身体全体でさまざまな感覚を受け取っています。

そして生まれた瞬間から、

抱き上げられる。
胸に抱かれる。
おむつを替えてもらう。
服を着せてもらう。
授乳してもらう。
背中をさすってもらう。

と、毎日の生活のほとんどに「触れられる経験」があります。

大人にとっては「お世話をしている」時間ですが、赤ちゃん側から見れば、その一つひとつが身体を通して人と出会う時間でもあります。

つまり、

「触れること」は、赤ちゃんとの最初のコミュニケーションの一つ

ともいえるのです。

やさしく触れられると、赤ちゃんの身体では何が起こる?

人の皮膚には、圧や振動、温度など、さまざまな刺激を受け取る仕組みがあります。

その中で近年よく研究されているのが「C-tactile(C触覚)線維」と呼ばれる神経です。

これは特に、皮膚をゆっくりとなでるような、やさしい動きに反応しやすいと考えられています。

大人だけでなく乳児を対象とした研究でも、このような速度のやさしいストロークを受けたときに心拍が低下することが報告されています。

心拍が少しゆっくりになることは、身体の興奮が落ち着く方向へ変化している可能性を示します。

早産児を対象にした研究でも、ゆっくりとした動きのあるタッチによって、心拍の低下や酸素化の改善がみられた報告があります。

だからといって、

「この速度で○回なでれば赤ちゃんは必ず落ち着く」

ということではありません。

触れられ方への感じ方には個人差があり、眠いとき、お腹がすいているとき、興奮しているときなど、そのときの赤ちゃんの状態によっても変わります。

ここがとても大切なところです。

「正しい触り方」を覚えることより、触れたときの赤ちゃんの変化を見ること。

私はそこを大切にしたいと思っています。

「触れること」とオキシトシン

触れることの話になると、よく「幸せホルモン・オキシトシン」という言葉を耳にします。

実際、親子の接触やスキン・トゥ・スキンに伴って、オキシトシンの変化が観察された研究があります。

オキシトシンは、人とのつながりや養育行動、ストレス調整などに関係する神経ペプチドです。

そのため、

「触れる → オキシトシンが出る → 幸せになる」

という説明を見かけることがあります。

ただ、現在の研究を丁寧に見ると、そこまで単純ではありません。

自然な親子の触れ合いの量と乳児の唾液オキシトシンとの明確な関連が確認できなかった研究もあります。

オキシトシンは、触覚だけで動くスイッチではなく、

誰に触れられているか、
どのような状況か、
どのような関係性があるか、
赤ちゃんがその刺激をどう受け取っているか、

など多くの要因が関係しています。

ですから私は、

「触ればオキシトシンが出るから触りましょう」

ではなく、

心地よいやりとりの中で交わされる触れ合いが、親子双方の心と身体の調整に関わっている

と捉える方がよいと思っています。

赤ちゃんには、自分で気持ちを整えるのがまだ難しい

私たち大人は、不安になったとき、

深呼吸をする。
少し席を外す。
誰かに話す。
音楽を聴く。
お茶を飲む。

など、自分なりの方法で気持ちを整えることができます。

もちろん大人でも難しいことはありますが、赤ちゃんはさらに、自分だけで情緒や身体の状態を調整する力がまだ育っている途中です。

だから赤ちゃんは、

抱っこしてもらう。
声をかけてもらう。
身体を支えてもらう。
背中をさすってもらう。

など、人との関わりを借りながら状態を整えていきます。

これは、赤ちゃんが「自分では何もできない」という意味ではありません。

泣く。
顔をそむける。
見つめる。
身体を反らす。
手を伸ばす。
力を抜く。

赤ちゃんも自分の身体を使って、たくさんのサインを出しています。

大人がそのサインを受け取り、

「今は抱っこしてほしいのかな」
「少し休みたいのかな」
「これは気持ちよさそう」
「もう十分かな」

と応えていく。

この繰り返しの中で、赤ちゃんは少しずつ、

「自分の感じていることに誰かが応えてくれる」

という経験を重ねていきます。

早く生まれた赤ちゃんでも「触れること」が大切にされている

「触れること」の研究で、特にエビデンスが多く蓄積されている分野の一つが、早産児や低出生体重児へのスキン・トゥ・スキンです。

WHOは、早産児・低出生体重児に対する「カンガルーマザーケア(KMC)」を重要なケアとして推奨しています。

KMCには、長時間の肌と肌の接触と母乳による栄養などが含まれます。

近年のWHOの推奨では、従来のように「赤ちゃんが十分安定してから」始めるのではなく、医学的な安全を確認しながら可能な限り早期から始める方向へ大きく変わっています。

スキン・トゥ・スキンは、

体温
心拍
呼吸
酸素化

など赤ちゃんの生理的な安定に関係することが、多くの研究から示されています。

大規模な研究レビューでも、早産児・低出生体重児へのKMCは死亡リスクの低下などにつながることが確認され、WHOが強く推奨するケアになっています。

「触れる」という一見とても素朴な行為が、医療の中でも大切なケアとして位置づけられていることは、とても興味深いことだと思います。

でも、「たくさん触ればいい」ではありません

ここは、私が特にお伝えしたいところです。

研究で「触れることの効果」が示されると、

「では、たくさん触った方がいい」
「毎日マッサージしなくちゃ」
「○分触れなければ」

と思ってしまうことがあります。

でも、赤ちゃんは刺激を一方的に受け取る存在ではありません。

赤ちゃんにも、

今日は触ってほしい。
今は眠りたい。
そこは嫌。
これは気持ちいい。
もうおしまいにしたい。

という状態があります。

もちろん、それを言葉では伝えられません。

だからこそ、大人が赤ちゃんの身体を見ることが大切になります。

例えば、

手がゆるむ。
身体の力が抜ける。
こちらを見る。
穏やかな表情になる。
触れている方へ身体を預けてくる。

そんな変化があれば、

「この触れ方、気持ちいいのかな」

と考えることができます。

反対に、

顔をそむける。
身体を反らす。
手足を強く動かす。
表情がこわばる。
泣き始める。

のであれば、

「今は違うのかな」
「少し刺激が強かったかな」
「一度やめてみようかな」

と考える。

赤ちゃんに触れることは、技術というより対話なのです。

タッチは「してあげるもの」だけではない

ベビーマッサージやタッチケアという言葉を使うと、どうしても

「大人が赤ちゃんに何か良いことをしてあげる」

というイメージになりやすいかもしれません。

けれど、実際の親子の触れ合いを見ていると、一方向ではありません。

赤ちゃんの肌に触れると、

柔らかい。
温かい。
呼吸している。
身体が動いている。

その感覚は、大人の手にも返ってきます。

赤ちゃんの身体の力が少し抜けると、触れている大人の身体もふっと緩むことがあります。

赤ちゃんがこちらを見れば、大人もその目を見ます。

赤ちゃんが笑えば、大人も笑う。

つまり、

大人が赤ちゃんに触れているとき、大人もまた赤ちゃんから触れられている。

タッチは、赤ちゃんだけに何かを与えるものではなく、二人の間で起こっている出来事なのだと思います。

誰が触れるかも大切

興味深い研究があります。

9か月児に同じような速度・同じような条件で触覚刺激を与えた研究では、赤ちゃんが触覚刺激の「誰から触れられているのか」という社会的な情報にも反応している可能性が示されています。

つまり、人間にとって触覚は、

「柔らかい」
「温かい」
「気持ちいい」

という物理的な刺激だけではないということです。

そこには、

「誰と一緒にいるのか」

という関係性まで含まれています。

同じ手の動きでも、

知っている人の手、
知らない人の手、

では、赤ちゃんにとって意味が違うかもしれません。

だからタッチを考えるとき、

「どこをどう触るか」

だけではなく、

「誰と、どんな気持ちで、どんなやりとりの中で触れているのか」

というところまで考えたいと思います。

日常生活には、すでにたくさんのタッチがある

「触れることが大切です」

というと、

「ベビーマッサージをしなければ」

と思われるかもしれません。

でも私は、特別な時間だけがタッチだとは思っていません。

朝、抱き上げる。

おむつを替えるときに足に手を添える。

服を着せながら腕を包む。

授乳しながら背中に手を置く。

お風呂で身体を洗う。

眠る前に背中をとんとんする。

泣いたときに抱っこする。

一緒に遊びながら手を握る。

もうすでに、毎日の暮らしの中にはたくさんの触れ合いがあります。

大切なのは、そのすべてを「発達のためにやらなくちゃ」と考えることではありません。

少しだけ立ち止まって、

「今、この子はどんなふうに感じているかな」

と見てみること。

それだけでも、いつものお世話が少し違って見えるかもしれません。

赤ちゃんの発達にとって、「触る」ことも同じくらい大切

ここまでは主に「大人から赤ちゃんに触れること」を書いてきましたが、もう一つ忘れてはいけないのが、

赤ちゃん自身が触ること

です。

赤ちゃんは、

自分の手を触る。
顔を触る。
服をつかむ。
床を触る。
おもちゃを握る。
口に入れる。

という経験を繰り返します。

ツルツル。
ザラザラ。
硬い。
柔らかい。
冷たい。
温かい。
軽い。
重い。

そうした感覚を通して、世界の性質を知っていきます。

触る。
握る。
押す。
離す。
また触る。

自分が動くと、何かが変わる。

これは感覚の経験であると同時に、

「自分が働きかけると世界が変わる」

という、とても大切な経験でもあります。

だから赤ちゃんの発達を支えるときも、

大人がたくさん動かして「正しい動きを教える」だけではなく、

赤ちゃん自身が、

「触りたい」
「やってみたい」
「もう一度」

と思える環境をつくることが大切なのだと思います。

スクイーズの人気から、赤ちゃんのタッチを考える

番組では、スクイーズを触っていると「無になれる」という若者の声も紹介されていました。

山口先生は、皮膚感覚に意識が向くことで、頭の中でぐるぐると考え続けている状態から「今」に意識を戻しやすくなるという趣旨の説明をされていました。

スクイーズが赤ちゃんへのタッチと同じだということでは、もちろんありません。

けれど、

「私たちは思っている以上に、身体の感覚に支えられて生きている」

という点では、つながるところがあります。

見ることや聞くことだけでなく、

触れる。
触れられる。
抱かれる。
自分で触って確かめる。

赤ちゃんは、身体全体で世界と出会っています。

触れることを「発達させるための手段」にしない

研究を読んでいると、

タッチはストレスを下げる。
心拍を整える。
オキシトシンに関係する。
発達に良い。

そんな言葉がたくさん出てきます。

どれも大切な研究です。

でも、それだけを並べると、

「発達のために触りましょう」

になってしまいます。

私は、そこには少し違和感があります。

赤ちゃんに触れる一番の意味は、

何かの能力を高めることだけではありません。

「ここにいるね」

「気持ちいいね」

「ちょっと嫌だったね」

「もうおしまいにしようか」

そんな言葉にならないやりとりを、身体を通して重ねていくこと。

それがタッチの原点ではないでしょうか。

赤ちゃんの身体に触れながら、その子の反応を受け取る。

そして、

「あなたがどう感じているかを、私はちゃんと見ているよ」

と伝えていく。

触れることは、赤ちゃんの身体を刺激することではなく、

赤ちゃんという一人の人と出会うこと。

私はそんなふうに思っています。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です